「アラン・カスケビッチ」のこと
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18歳のとき、僕がこの世界に入って初めて働いたお店「アラン・カスケビッチ(Patisserie
confiserie ALAIN KACZKIEWICZ)」が、2007年10月15日に閉店しました。
アラン(カスケビッチ)さんはノルマンディーの出身で、14歳のときに見習いを始め、1975年に日本に来られました。「ランベルマイユ」を経て「ドンク」で8年間働き、青山店のシェフを務めたのち独立、三宮にお店を開きました。このオープンのとき、僕は見習いとして入ったのです。
お菓子の知識も言葉も何もわからなかったけれど、新しい環境でしかも外国の人と仕事をするってことに、ただただワクワクしていました。僕もフランス語はわからないし、アランさんも当時は日本語があまり話せなかったので、アランさんの片言の日本語と、繰り返し使われるフランス語の言葉を辞書片手に覚えていって、目の前の仕事の流れとリンクさせながら身に付けていきました。
入ったばかりの18歳の頃、仕事に対して気を抜いたことをすると、フランス語で「あなたはもう社会人なのだから、大人としての責任を持たなくてはいけない」と言われました。社会に出るということの厳しさ、仕事をするということの厳しさを、フランス人のアランさんにフランス語で諭されたのです。
無我夢中の3年間でした。アランさんと二人っきり、逃げ場もないし、すべてが一対一。きつかったけれど、あの緊張感の中で最初の仕事を始められたことは貴重な財産になりました。この3年で一通りのことはできるようになりましたし、何より、菓子職人としての《根っこ》の部分を叩き込まれたと思います。
今から20年以上も前のこと、外国人が日本で店をやるということは、人には言えない大変な苦労があったことと思います。しかも当時は本格的なフランス菓子を知る人は少なくて、お菓子もなかなか売れませんでした。一日一万円売れない日も珍しくなかった。本当に、厳しかったと思います。
自分の作りたいお菓子を出していくためには、出来る限り無駄を省いていくしかない。僕が朝行くとアランさんはもう働いているのですが、夜明け前の真っ暗な厨房で電気もつけずに仕事をしていました。よく言われたことは「ものを捨てるな」。食材の切れ端も材料の容器も袋も紙も、なにか使い道があるはず。大事にしなさいと。僕が入ったときに買ったラップのロールが、3年経って辞めるときにまだあったくらいです。
そうやって、食材や道具、水、電気、厨房のすべてのものを大事に扱って、無駄を省いて節約し、その分、お客様に食べていただくお菓子に還元していくというアランさんの姿勢は、今の自分の土台になりました。チョコレート屋という厳しい仕事を選び、こらえながらやってこれているのも、アランさんのところで経験があるからできることだと思っています。
アランさんとの出会いは、人とのつながりもひろげてくれました。アランさんが、神戸ポートホテルの「アラン・シャペル」の料理人でシェフを務めたロベール(デュフォー)さんとすごく仲が良くて、シャペルのスタッフがよくお店に立ち寄ってくれました。その中に西原(金蔵)さんもいて知り合いとなり、僕自身も「アラン・シャペル」で働くこととなりました。
震災後、御影の山手幹線沿いに店を移し、20数年続いた「アラン・カスケビッチ」の歴史に幕がおろされました。あらためて、アランさんはじめ、遠くフランスからこの神戸にやって来て、独立してオーナーシェフとしてフランス菓子の冬の時代を乗り越えてこられた方たち、日本のフランス菓子の創成期を支えてこられた方たちに、感謝の思いが溢れてきます。今の自分があるのも、PBがあるのも、シェフたちが道を切り拓いてくれたからこそです。
アランさん、本当にお疲れさまでした。そして、ありがとうございました。
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*追記*
もう8年くらい前になりますが、アランさんにお話をうかがう機会がありました。
そのときお聞きしたお話を少々・・・・。 |
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「パリや日本のお菓子は移り変わりが早いけれど、僕の故郷もそうですが、フランスでも田舎のパティスリーは、何十年も前と何も変わらない、本当にクラシックな焼き菓子をたくさん作っています。クラシックなお菓子のよさ、変わらないよさを、ぜひ知ってほしいと思うのです」
「日本に来てみて、《日本人の味覚の鋭さ》には驚かされました。初めて食べるお菓子について、はっきりとは分からないまでも何か入っているなと気づく。僕も気づかないような繊細な違いにも敏感なのです。それにつられて、僕の味覚も少しずつ変わってきました」
「伝統的なフランス菓子を作っていますが、日本でお菓子を作っているのだから、日本人の味覚に合わせたものを作りたい。食べ物ってそういうものだと思う。向こうとこちらでは材料が違うし、そうしていくことが僕自身の勉強にもなります」
「僕はチョコレートが大好き!チョコレートが何の問題もなく上手く出来上がると、その日一日が何もかも素晴らしくて嬉しい。でも何か問題があるとがっかりしてしまって、その日は何もかもが上手くいかない」
「焼き菓子に入れている保存材、僕はああいう物は大嫌い。大きい会社なら仕方ない部分もあるけれど、小さな店で使うのはどうしてなのか。仕事の便利さばかり考えて、冷蔵庫に何日も保存しておくような仕事はダメ」
「この仕事はとても厳しいものです。僕は《気違い》だからやれるけれど、若い人達はどうでしょう?いろいろな仕事がある中で、この仕事を選ぶということの意味をしっかり考えてほしいと思います」 |
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アランさんと一緒に撮った若い頃の写真はないの?とシェフに聞くと「震災で燃えてしもた」とのこと。
でも大丈夫。シェフの心の中にはくっきりと鮮やかにたくさんの思い出が刻まれていますから!
聞いた話だと、シェフの結婚式のクロカンブッシュは、アランさんが作ってくれたそうです。
アランさんの教えてくれたルセットでつくる「パスティス」や「ガトー・バスク」、週末限定ですが、ぜひ召し上がってください。おいしいですよ!
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